読書メモ 経済政策で人は死ぬか?公衆衛生学から見た不況対策

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そこそこ面白かった。

序文の段階で「公衆衛生は健康に直結するから大切だ」という主張を明確にしているのでとても読みやすかった。論文のままでは読みにくいから本にしましたといったこと書かれているが、それでもデータに基づいて話が進んで行くようにはなっている。

不況そのものではなく不況下での政策が健康を左右するという考えのもとで、不況下で緊縮政策を取った国と公衆衛生への支出を行った国を比較するというのがこの本の主な内容だ。

緊縮政策が過去こういう不幸をもたらしたのに対して、緊縮政策を取らなかった国では人々の健康が保たれましたという感じで、まあ読んでいる感じでは前者のディスの方がすごいなと思わされてしまうのだが、公衆衛生がある種保守的な性格を持つと考えるとそういう書き方になるのも自然だとは思う。

 

以下印象に残った部分

 

  • 急進的な政策は体に悪い

ではこれらの国々で何が違っていたかのかというと、社会主義経済から市場経済への移行のための経済改革のやり方である。なかでも注目すべきは、改革のスピードの違いだった。結論から言ってしまえば、急いだ国では、急がなかった国より健康状態が悪化した。ロシアのように急激な民営化で市場経済への移行を急いだ国は、大規模な経済混乱と社会福祉の大幅縮小というダブルパンチを食らった。一方、ベラルーシのように漸進的な移行を選択した国は、改革を進めながらも社会保障制度を維持できたので、移行期にむしろ国民の健康改善が見られた。

混乱が起こるというのもそうなのだが、その政策を行うことによるしわ寄せをケアできないということが大きいと思う 

 

  • 「成長に向けての一時的な苦痛」を伴う政策はロクなことにならない

政府債務を軽減すればやがて景気が押し上げられ、その際にホームレス化その他の問題が多少生じるとしても、それは「やむを得ない犠牲」であるという思い込み、つまり短期的な苦しみは長期的な果報をもたらすという思い込みである。

(中略)

住宅セーフティネットの縮小が招いた深刻な事態は結核患者の増加だけではない。緊縮政策が実施されてから、ほかにもホームレス人口の増加に伴う様々な問題が発生している。二〇一〇年から二〇一一年にかけてロンドンの若年層の路上生活者が32%増加したが、これに伴い、暴行、レイプ、薬物乱用の報告件数が増加した。おまけに景気が回復しないので、雇用機会も増えず、若年層は踏んだり蹴ったりである。景気は回復するどことか、緊縮政策によっていっそう減速し、一六歳から二四歳までの失業者数は一〇〇万人を突破して過去最高を記録した。

 

 

  • 経済成長と公衆衛生はトレードオフの関係とは限らないという話 

賢明な選択をすれば、人命を犠牲にすることなく経済を立て直すことができる。その場合、社会保護政策へ〔社会保護は社会保障とほぼ同義で、社会福祉と公衆衛生を含む。欧州では社会保護という言葉が使われることが多い〕の先行投資が必要になることもあるが、そうした政策は正しく運営されるかぎり決して損にはならず、短期的に経済を押し上げる助けになる上に、長期的には予算節約にもつながる。つまり健康維持と債務返済の両立は可能であり、それは過去のデータからも明らかである。ただし、この両立を可能にするには正しい政策に的確に予算を配分する必要がある。

 

 

  • 事態が重篤になるまで放っておくとより多くのコストがかかる

さらに、不況と緊縮政策によって、ギリシャと同じようにアメリカでも診察や治療の待ち時間が長くなった。特に深刻なのが集中治療室(ER)で、これは予防医療を受けない人々が増えたことと関係があるダイアンのように重体になるまで放っておく患者が増えたことで、一般外来ではなく、ERが混み合うことになったからである

ツイッターとかでよく「老人(または低学歴とか障害者)はこれを機に死ね」みたいなことを書いているのを見るけど、実際に人間を死ぬに任せるというのは難しいのだと思う。よほど人間の生活圏から離れていない限りは相当にやばい人でもどこかのセーフティネットにはかかってしまうのだろうと思う。